レプリカの花 孤独について 忍者ブログ
漫画描き結月さくらの仕事情報と連絡先など。雑記もたまに書きます。
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恐ろしく長いし、覚書のようなものなので、畳んであります。
興味ある人はどうぞ。ちなみにこの記事はコメント欄を解放しておりません。






ツイッターで見かけたある絵描きさんに関したツイートにずっともやもやしている。
それは、私もピクシブでお気に入り登録している絵描きさんで、内容としては概ね
「昔はキャラクターのいる明るい絵を描いていたのに、
今は暗い心象風景のようなものばかりで気持ち悪い。怖い。病んじゃったんだね」
というようなもので、私はその方の変化を、単純な「表現の変化」だと思っていた。
ようは、コミックイラストではなく、絵画へ転化したのだと。

私はその人の転化した後の絵も、とても好きだ。
それは、自己に向き合うようで、ギリギリまであらゆるものを削ぎ落とした、
言葉を持ちえない「もの」を描写しているように感じているからだ。
私がその人の絵に感じていたのは「追及」だった。

私はその絵描きさんではないし、本当のところは判らない。
その人は本当に、精神を病んでしまったのかもしれない。
(でも正直それを言うと、精神を病んでない創作者なんているのか?とも思うのですが
それは後述することにして)
私は前述の通り、マイナスなイメージを持っていなかったので、
「キャラクターのいない」「明るくない」「抽象的な」イラストが、
すぐさま「気持ち悪い」もので「怖い」「病んでしまった」ものだと言われたことが
そしてまた、それに同意する意見の多さが
当人でもないのに悲しかった。

私は正直に言うと、ピクシブが好きではない。
表現という場に置いて、あれほどふさわしくない場所はないように思ってしまう。
ピクシブで見つけた創作者の方は多い。入り口としては、とても良い場所だと思う。
それに、色んな意見をもらえたり、色んな人が見ることも、良いことなのだと思う。
でも「作品を見る」という純粋な行為に、あそこは不純物が多いように思う。
「自分」が「その作品」を見るのに、他人の意見や広告など目に入れたくない。
ようは、美術館に来て作品の周りに寄せ書きがしてあるような感覚を覚えてしまうのだ。
その作者が作品に込めた「意図」をなるべく最大限感じたい。
だから、背景の色や、文字の色や、配置を一作一作自由に設定出来るサイト展示が
私はとても好きだ。

創作者というのは、根本的に孤独だと思う。
皆、人には見えない何かを見て、それを理解されずに立っていると思う。
そして、それを作品に昇華しているのだと思う。
先に書いた通り、件の絵描きさんが「病んでいるかそうでないか」は判らない。
当人でないのだから。
仮に病んでいたとして、「病んでいない」と感じていた私が、
むしろ「頭がおかしい」のかもしれない。
でも、どうあっても、「私は貴方じゃない」「貴方も私じゃない」
正解はないし、根本的に理解しあうこともない。
作品ひとつの解釈だって、理解しあえない。
それは当然のことだと思う。
「共感」と「同調」は「理解」ではない。
他人の心の奥なんて、判るほうが怖い。

家族がいる、友人がいる、話し相手がいることと、
物を作る人としての「孤独」は、全くの別物だと思う。
私はその孤独を大切に思っている。

でもちょっと哀しいね。
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